2018年9月30日日曜日

摩擦円

グランツーリスモのようなシミュレーター系のレースゲームにあまり親しくない人がやりがちな失敗が、フルブレーキしながらステアリングを切ったり、ステアリングを切ったまま不用意にアクセルを全開にするといった行為だ。普段街中でクルマを運転している人でも、そもそもそれがいけない行為だということを理解していないことは多い。
なぜそうした操作がダメなのかを分かりやすく伝えるためによく用いられるのが、摩擦円と呼ばれる概念図である。



摩擦円が表しているのはタイヤの持つ摩擦力=グリップ力の限界だ。グリップ力は平面的に作用するので、二次元的に、つまり「縦軸=縦(前後)グリップ」と「横軸=横グリップ」の2軸で表現することができる。

グリップ力は加減速や旋回時に発生する(水平方向の)負荷に抗うようにして発揮される。従ってグリップ力と負荷はそれぞれ正反対の方向に発生するが、図ではわかりやすいように同一方向として表す。

また、タイヤがグリップ力を発生させた結果クルマの運動が変化し、それによって慣性力、いわゆる"G"が発生する。摩擦円をクルマの4輪すべてを統合したものとして考えれば、グリップ力をGと読み替えることもできる。
本稿でも4輪を個別に考えることはせず、また摩擦円は単純な円として考える。

では、最初に登場した「フルブレーキしながらステアリングを切る」という操作について、摩擦円を基に解説してみよう。

直進状態

まずは一定速度で真っ直ぐ走っている状態。この状態では走行はしているがグリップ力はほとんど使われていない。

フルブレーキ

次に、真っ直ぐの状態はキープしたままフルブレーキをかける。ABSを効かせていれば、「負荷」を自動的にグリップの限界点に合わせて調整してくれる。
グリップを限界まで発揮しているので、当然得られる減速Gも最大となる。

ここで、ブレーキを緩めずにステアリングを切ってしまうと・・・

フルブレーキ+ステアリング
薄い星印が本来の負荷を表す。点線の矢印は発生したグリップ力を縦軸と横軸に分解したもの

ブレーキの負荷とステアリングによる負荷の合計が、摩擦円の外側に飛び出してしまった。
この状態では、ABSがなければタイヤは即ロック。ロックしたり大きくスライドした場合は摩擦円が大幅に縮んでしまい、わずかなグリップしか発揮できなくなるイメージだ。

また、ABSがある場合でも、縦グリップ限界の減少に合わせてブレーキを緩めるので制動距離が伸びてしまう。
図で見るとわずかな差でしかないように見えるが、仮に縦グリップが90%になったとすれば制動距離は1/0.9倍になり、100m看板からのブレーキングでは11m、200mからでは22m余計に伸びることになる。クルマ1台の全長が約5m、一般的な国際サーキットのコース幅が20m前後であることを考えると、これでは全く止まれていないと言っても過言ではない。
サルト・サーキットのミュルサンヌコーナー。このような場所では意識してステアリングを中立に保たないとみるみる制動距離が伸びてしまう

また、フルブレーキしながらのステアリング操作は旋回能力にも悪影響を及ぼす。

「ABSが自動的に緩めてくれるのなら、ターンインでもブレーキはそのまま踏みっぱなしで大丈夫なのでは?」と考えるプレイヤーもいるかもしれないが、それは誤りである。

一般的なロードカーの場合では、制動力はスリップ率が約20%の時に最大となるといわれており、ABSもその"わずかに滑っている"領域を目標に制御している。しかしコーナリングフォース(=横グリップ)についてはその限りではなく、スリップ率がゼロのときが最大となり、スリップ率の上昇とともに減少してゆく。
つまりABSを効かせてしまうと本来よりも得られる横グリップが減少してしまうのである。
スリップ率に対する縦グリップと横グリップの特性のイメージ。スリップ率100%とはタイヤが完全にロックした状態。20%までは縦グリップが上昇してゆくが、反対に横グリップは低下してゆく

上の摩擦円をより正確に描くなら、フルブレーキングの時点で縦に細長い楕円形になっているようなイメージになる。  

***

「減速するためのブレーキング」ではステアリングを切らず真っ直ぐブレーキングし、「曲がるためのブレーキング」ではABSに頼らず、適切にブレーキ踏力を減らしながらステアリングを切り増してゆく。
なぜそうした操作が基本とされているのか、ご理解いただけただろうか。

コーナー出口で加速するためにアクセルを踏み込むシチュエーションでも基本的な考え方は同じで、ステアリングを戻して横方向の負荷を抜きながらアクセル開度を増してゆけばよい。
ただし、タイヤに加わる駆動力はギア比によって大きく変化するので、低速コーナーと高速コーナーでは縦グリップ消費が大きく変動することと、駆動方式によって使える縦グリップ量や限界付近の挙動が異なる点は覚えておきたい。

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